Wednesday, June 17, 2009

ボーカルレコーディング




 最近よく聴いているのは熊木杏里だ。アルバム『ひとヒナタ』は昨年秋リリースのアルバムだが、最近始まったJRAのCMに使われている『雨が空から離れたら』が気になって、amazonで購入したのである。

 柔らかなボーカルでバラードとポップス(こういう区分けはちょっとおかしいのは十分に知りつつ)の中間にあるような音楽だ。聴いてみると意外と知っている曲が多い。CMとかにどんどん使われているようで、知らず知らずのうちに知っているというのが、なんか僕の仕事の上でも勇気づけられる事実だ。もちろん弱小といえどもキングレコードはメジャーだし、そもそもインディーズのキラキラレコードとは同じ土俵で較べてはいけないのだが、それでもこういう存在を知るのはなんか良いなと思って、この数日は毎日聴いている。

 それで、思ったのだが、この人のボーカルはウィスパーボイスではないが、息づかいとかまで再現されているようなレコーディングがされていて、まるでそこにいるかのような印象を与えている。歌の種類と彼女のキャラクターなどがそういうレコ−ディングを要求したのだなと思う。非常にざっくりいうと、こういうレコーディングにはコンデンサーマイクが使われる。というかまあ標準的なレコーディングではボーカルにはコンデンサーマイクが使われるのがほとんどだったりするが、僕はこのコンデンサーマイクを何にでも使うというのはなんか変だなあと思っていたりしたのである。

 それは写真撮影の例えでいうのがわかりやすいだろう。カメラの撮影をする時に、一眼レフのプロ用カメラを使うやり方もあるし、コンパクトデジカメもあれば、携帯に付属のカメラで撮影することもある。もちろん一眼レフで撮影する方がクオリティは高い。しかし気軽なショットをおさめるためにはコンパクトカメラで撮った方が良いこともある。出先でいい光景に出会った時には携帯で撮るしかないこともあるだろう。また、ブログにアップするための画像をとるのであれば、アップのしやすさなどを考えても携帯の方が断然優れているケースもある。そもそもブログに高画質は必要ないのだ。

 しかし「カメラは何を使うのがいいのですか」と問われたら、「一眼レフを使うのがいいですね」と言ってしまうだろう。なぜなら、それが一番無難だからだ。答える人はどういう用途で撮影されようとしているのかをちゃんと把握しないうちに聞かれるのだろうし、そこでは一番無難な答えをするしかない。だから「一眼レフを」という答えをする。その人がプロだとしたら、聞いた人はまだ第三者に対して「プロの人が一眼レフがいいって言っていた」と思い込み、どんな用途に対しても一眼レフを使わなければという一種のトラウマになってしまう。同じようなことがレコーディングでも起こっていると思う。だから「ボーカルレコーディングにはコンデンサーマイクを」というトラウマに取り付かれている人たちは多いはずだ。しかし、撮影した写真をその後フォトショップでコントラストなどをグリグリにいじったりするのであれば、高解像度とかが最初に必要だと言うのは嘘だし、同じように、後でラジオボイスなどのエフェクトをかけるボーカルに対してコンデンサーマイクが必要というのはまったくナンセンスでしかない。まあラジオボイスとまではいかないにしても、ロックバンドのボーカルにコンデンサーのようなものがどのくらい必要なのかは、正直言って疑問なのだ。その疑問は、「そもそもコンデンサーマイクなんて必要なのか?」というくらいの、アンチコンデンサーマイク主義にもなりかけていたりもしたのだ。

 しかし、この熊木杏里の歌には、これは絶対にコンデンサーマイクが必要なんだなと思った。ちょっとだけ目からウロコだった。空気感というか、その中で存在できるボーカルというものがきちんとある。そういうボーカルにしていこうという意思がこのスタッフというかチームにはあるのだろうし、それは演奏のアレンジにも現れている。こういう意思のある音楽創造に接すると、なんか曲が良いとかどうとかではない次元で嬉しくなる。自分も何かを創造しようという気持ちになってくる。もちろん、単に彼女の歌や楽曲そのものもよくて、だから毎日これを聴いたりしているのが大前提なのであるが。