Wednesday, March 02, 2011

平成の開国

 その人は「アロマー」と繰り返し口にしていた。どうやら「ありがとうございました」と言っているつもりらしい。松屋での出来事だ。

 最近、牛丼屋ではこの手の外国人スタッフがやけに多い。というよりほぼすべてのホールスタッフは外国人である。東京に限ったことかもしれない。だが東京都心の牛丼屋スタッフは確実に外国人で占められている。これは20年前にはなかったことだ。だから初めて外国人スタッフを見た時には正直驚いた。だがそれもすぐになれる。名札に「ぺ」とか「ファン」とか「リ」とか書いてあっても一向に驚いたりしなくなった。今や「山田」と書いてある方が驚きの対象である。ああ、日本人も牛丼屋で働いているのだなと。

 理由は、あるだろう。外国人スタッフの方が安い賃金でも働いてくれる。ものつくりの現場では早くから製造をアジアの途上国で行なっていて、僕らが着ている安い服の大半は中国製だ。遠くで作られる製品のスタッフはほとんどが既に外国人だったのだ。それが僕らの生活圏にも進出して、牛丼をよそってくれ、みそ汁とともに配膳してくれている。それだけのことだ。経営者は安く深夜も働いてくれる労働力を求め、自国での賃金よりも稼げる職場を外国の人が求め、ニーズがマッチしたということに過ぎない。

 日本では今就職難といわれている。大企業は不況下の経営でとりあえずの利益を出すためにリストラを繰り返した。人を切ることがある程度進めば、次は増やさないことで利益をキープしようとする。だからそもそも枠がなく、過度の椅子取りゲームを強いられる。就職難はそういうことを背景に語られている。だが、一方で牛丼屋の仕事はどんどん外国人に奪われている。そこで働きたいと言っても新卒の就職希望の人は働けないのだろうか。いや、おそらく働けるだろう。大企業で働きたいのに内定がもらえないということだけが就職難なのであって、何でもいいから働く場が欲しいというのであれば難ではないのだ。

 働きたい場所に枠はなく、枠のある場所では働きたくない。自分をどれだけ偉い存在と思い込んでいるのかは判らないけれども、そこにミスマッチがある。そのミスマッチをついてアジアの人たちがどんどん入ってくる。円高の今こそ、日本で稼ぐ意味があるのだろう。仕事がないと嘆いている日本人をよそに、着実に高い円を稼いでいく。平成の開国はなにも菅内閣が提唱せずともすでに進んでいるんだと思う。

 思うのだ。大企業に入りたいだけの高望み学生よりも、黙々と働き牛丼を運んできてくれて、店を出る時に「アロマー」と謎の言葉で送り出してくれる外国人の方により共感を感じるのだと。彼らは日本にやってきて、円を稼いでいくと同時に、僕らの心の中にあるくだらなく偏狭な愛国心を溶かしてくれているのだと。平成の開国とは、そういう僕ら心の中にある垣根を取り払うことなんじゃないかと。