Tuesday, August 09, 2011

きれいじゃない



 本日、大正九年関連の商品を、10年ぶりくらいにリリースすることになった。『ニコニコ』というシングルコレクションだ。

 大正九年のことは今さら説明などすまい。知らない人は飛ばすかググるかしてみてください。で、今回のリリース。過去にキラキラレコードからリリースした4枚のマキシシングルに収録の12曲に、オムニバスに収録した最初の音源2曲を加えた全14曲という内容。全部マキシを持っているという人は、過去の売上げを勘定するとそんなに多くはないはずということもあるし、さらにはオムニバスの2曲を持っていない人はさらに少ないはずだし、だから、これをベストとしてリリースしてみようと、なんとなく思ったのである。

 とはいえ、10年を経過してなお大正九年のリリースに注目する人は、かなり大正九年のことを好きな人であることは間違いないのだし、とすれば、マキシを全部持っている可能性も高い。とすれば、売れない。困る。そういうことで、特典にDVDを付けようということにした。この特典はキラキラレコード通販で買った人のみの特典なので、タワレコやamazonで買った人には付いてこない。で、このDVDを制作するにあたって、過去のライブ映像などをたくさん観た。記憶が蘇るなあという部分もあったし、こんなことやってたんだと新鮮な発見もあった。面白かった。やっぱり彼女は天才だったなと思った。あえて過去形で書いたのは、やはりそれがもう11年も前の映像だということもあるし、ここしばらく活動が表に出てきていないということもあるからだ。

 しかしながら、どうも本人の言によれば、新作の発表ももう間近ということらしい。特に確定した日程があるわけじゃないので何ともいえないものの、本人はそれなりに元気そうな様子だった。メールでのやり取りでしかないので、これも何ともいえないのだが。

 今回のリリースを発表して、ナタリーでも取り上げてもらった。すると、数年のブランクがあるアーチストなのに人気記事ランキングの4位に食い込んだ。その日のトップがあるアーチストの若き死のニュースだったから、実質的には3位に食い込んだも同然だと勝手に思っている。人気記事のランキングに入ったからといってすぐに売れるというわけではないだろうが、それでもやはり大正九年は根強いファンに支えられているんだなあと思った。そういうアーチストを発掘出来たことは、レーベルをやっている者として嬉しい過去だと思う。

 で、大正九年の経歴などは詳しく説明しないものの、やはりなにか僕なりの想いを書いた方がいいと思う。それは、彼女の魅力だ。

 今回のベストで是非聴いてもらいたいのは「きれいじゃない」という曲だ。4枚目のシングルに収録されていたカップリングで、だからこのシングルを買わないと聴けなかった1曲。僕も長らく忘れていた。そういう、それほど重要じゃなかった曲だった。しかし今回このベストを企画するにあたって再び聴く機会を得た。

 すごい曲だった。

 何も考えずにいられたら楽なのに、誰もがなにかを思うのはどうしてなのか。
 何かを解ってほしいのに、自分のことを探らないでと思う。それでは終わらない。
 消えちゃえばいいのは自分で、他人じゃないんだ。
 いいのか、いいのか、いつも思う。
 愛なんて無いと決めつけていた。どうなの。あるとしたらどこにあるの?

 このベストを考えはじめたのは震災の直後で、僕らの価値観は変わろうとしていた。それまでは何でも出来そうで、そのあとは何にも出来なそうで。同じ考えでは生きていけない。そう思った。自分も変化するのは、環境の変化に対応するためだ。環境の変化とは、多くの人たちの命を奪った津波や、そのあとの荒れ野原だけじゃない。もちろん放射能物質に汚染された世の中だけじゃない。自信を失った人々の心、不安に振り回されて恐れおののく心、身近な人たちの価値観がぶれ続ける中で生きていかなければならない恐怖心、そういう別の価値観を無視しようとする弱い心。そういう、きっと自分自身にある弱さそのものが、変化なんだと、僕は感じていた。

 この「きれいじゃない」は、そんな弱さをさらけ出した歌だ。でも、決して弱い歌ではない。さらけ出すというのは強い心があるからだ。僕はそこに希望を見た。企画をするためではあるが、車の移動中に何度も聴いた。とくにこの「きれいじゃない」を。何度も何度も聴いた。飽きない曲だった。こんなに強い曲だったということを、僕はそれまで気付かずにいた。リリースして10年以上も経つというのに。

 何度も聴いていて、この曲がなんでそんなに強い印象を与えるのか考えた。答えはそう単純ではないはず。でも僕が辿り着いたひとつの答えは、この曲には強いイメージがあるからということだった。そのイメージとは、情景のイメージ。聴いてもらえばすぐに判ると思う。描かれている情景は、暗い夕暮れ時の風景だ。それもほんの数行の言葉しかない。だがその数行の言葉で、僕は曲が流れている間中ずっとひとつの光景を頭に思い浮かべ続けることができた。そんな情景描写があるのか。おそらく、その情景と、それ以外の心を描いた部分がリンクしているのだろう。暗く重苦しい葛藤がそこにはある。

 人は誰でも葛藤するものだ。しかしそれを表に出すことは少ない。他人に知られたくないからだ。そしてそれは時として、自分でも気付きたくないからだ。葛藤している自分など、自分で見たくない。それを見ると辛くなるだけだから。

 しかし、この震災で僕らは否応無しに葛藤の中に叩き込まれた。忘れてなどいる場合ではない。そう、逃げている場合ではないのだ。

 そんな時に、僕はこの曲に再び出会えたことに感謝したいと思った。逃げるのではなく立ち向かうために。立ち向かう方法は人によってそれぞれだろう。正解が見つかるなんてきっと稀だ。それでも自分なりの答えを見つけなければ、混沌とした葛藤から脱することは出来ない。だとすれば、まず最初の一歩は立ち向かうこと以外にありえない。そのことを実感させてくれる、そんな曲なのだ、「きれいじゃない」は。

 今回のベスト盤、直接通販のみの特典としてDVDを付けることになったのは既に話した。その中に収録するために、僕はこの曲を探していたのだった。当時のライブでは、「目がハート」「エレガール」「ジャズ喫茶」「ティーンエイジストーリー」などの曲は何度もやっていたが、「きれいじゃない」はほとんどなかった。唯一見つかった映像は、実はそんなにいいパフォーマンスではなかった。冒頭でスカートにヒールがひっかかって転んでしまうし、そもそも大正九年にしては超低音域の曲で、だからライブでは声もなかなか通らない感じになってしまっていた。その上カメラが両サイドのスピーカー近くにあったものだから、音はかなり聴こえ辛くなっていた。これをDVDに入れるべきかどうか。普通の感覚ならまずやめるべきだと思う。しかし、このベストの特典に、本人が歌っている「きれいじゃない」の映像を入れなくてはダメだと、勝手に思った。それで、音声のみCD音源と差し替えるという形での収録にした。言い訳がましいかもしれないが、どうしても入れるべきだと思ったのだった。


 長くなったな。きっとこんな駄文を読むより、彼女の歌を聴いた方が何倍も速く、そして何倍も強く、そのことを感じられるだろう。持っている人は再び聴いてください。持ってない人は是非買って聴いてください。上で紹介した曲の内容も、抜き書きでさえない僕の翻訳です。歌詞カードで彼女が書いた言葉そのものを読みながら「きれいじゃない」を聴いてもらえれば、きっと強い心持ちになれます。こんな時代に立ち向かえるような。