Tuesday, January 03, 2012

猪苗代湖ズと長渕剛

昨年末の紅白の話。Twitterで番組へ突っ込みながら観ていて、Twitter上でいろいろな人に絡んでもらって、楽しかった。ワールドカップサッカーの時にも感じたのだが、テレビの新たな楽しみ方だと思う。まあある程度の人数が見ている番組でなければ成立しないのだが。

 で、その紅白でいくつかのことに注目した。猪苗代湖ズと長渕剛だ。実は僕はこの2つの出場について、「なんだかなあ」と思っていたのだった。

 猪苗代湖ズはサンボマスターの山口隆をメインボーカルとした福島出身の4人で結成されたバンドで、震災後に出した「I love you & I need you ふくしま」で注目された。個人的にいうと、僕はこの歌があまり好きではない。極論を言えばこれは一種のクリスマスソングだ。この歌のクオリティがどうこうではなく、あのタイミングであの趣旨で動くことで、この歌の価値は決まったといえる。いってみれば、猪苗代湖ズである必要などまったくない。その時代のそのタイミングにはめていくことで、多くの人たちが共感する。もちろん福島出身のアーチストたちという限定はあるが、それさえクリアすれば誰でも良かっただろう。逆に考えれば、3年前に彼らがそれを歌っていたらこれほど注目を浴びただろうか。もしも今「I love you & I need you みやざき」を東国原氏が歌ったらどうだろうか。それでも曲が芸術として素晴らしければ注目を集めただろうか。僕が好きではないのはそういうところだ。この歌の意義は認めるし、それによって勇気づけられたという人が多数いるのも事実だと思う。しかしそれとアート的価値とは別モノだ。

 今回彼らは紅白に出た。サンボマスターとしての出場は未だ無い。紅白というのが今後どのような位置づけになるのかはわからないし、以前のような影響力はなくなっているだろうが、それでもまだ大きな番組であることは確かだ。そこに、山口隆くんは猪苗代湖ズで出演した。そのことで、彼にとっての代表曲はこれということになる可能性が高い。社会的影響としてもこれが代表曲というのは間違いないだろう。でも、サンボマスターというバンドが日本のロックシーンに置いて特殊なポジションを持っている事実が、今回の紅白出場で吹き飛んでしまったとしたら、それは大いに問題だと思うのである。紅白は番組が持つ影響力を考えると、話題性や売上げなどではなく各アーチストの価値で出場アーチストを決定すべきだと思う。その視点に立った場合、もっと早いタイミングでサンボマスターに出演をオファーしていてもまったくおかしくない。逆にこれまでのサンボの活動でオファーしないのなら、猪苗代湖ズでオファーするのは間違いである。しかし今回、NHKは話題性と、社会全体で原発事故を収束に向けた雰囲気作りの一環として、猪苗代湖ズを出演させた。紅白が音楽番組であるなら、純粋に音楽の価値を多くの人たちに伝えていくべきである。その影響力をもって、何か別の意図のために利用するようなことをすべきではない。そういうことをすると、人々の心はどんどん音楽から離れていってしまうと思う。

 番組での彼らの演奏はどうだったのか。僕は見ていて、シャウトぶりが痛々しかったなと感じた。声がしゃがれてあまり出ていなかったなと思った。でもロックとはそれでいいのだとも思った。必死に歌う。それでいいのだ。そして彼らはこれを活動のピークにしてしまわないように、今後ますます活躍をして、今度はサンボマスターとして堂々と紅白に戻ってきてもらいたいと思った。そうじゃないと、あまりにも悔しいじゃないか。


 長渕剛の出演も、311以降の彼の活動が評価されての出演だったと僕は思っている。その点で、やはりNHKの音楽に対する姿勢はどうかと思っている。

 長渕剛はフォークシンガーだ。シンガーソングライターだ。彼がまだそんなに有名じゃない時代に、僕は地元福岡のラジオ局RKB主催のイベントに、長渕剛を見に九電記念体育館まで行ったことがある。その時のことを鮮明に覚えている。彼の歌の中に近所の「大濠公園」が登場してワクワクした。その数年後に「順子」がヒットしてザ・ベストテンに登場した時は嬉しかったなあ。そう、僕は長渕剛のファンだったのだ。

 しかしその後、とんぼのあたりから長渕剛は変わっていった。マッチョな強面の人に変わっていった。作る歌はパワフルになっていった。元気な体育会系の存在になっていった。だから僕は次第に長渕剛が好きではなくなっていった。

 311以降、彼はことあるごとに話題になっていった。地震と津波の被害を案じるコメント、原発不安で鹿児島に避難したこと。それでいいのか自問自答し、被災地に、自衛隊にと慰問に行ったこと。それらがスポーツ新聞からネットから報じられ、NHKのSONGSにも何度か登場し、その流れで今回の紅白出場に至ったのだろう。その過程すべても、僕は長渕剛にまったく共感を持てなかった。話題作りなのかとさえ思った。下卑た見方だとは思うが、それでもそう思ったのだ。

 SONGSで歌った歌はとてもつまらなかった。熱唱型の歌で、根拠の無い元気を求めるような、そんな歌。ああ、長渕はやっぱりもうダメだなと思った。紅白でもきっとその歌を歌うのだろう。一人東北の学校の校庭で歌うという。その演出。ありそうな演出。いかにもな演出。仰々しく長渕が喋り始める。つまらない。本当につまらない。シナリオ通りの長渕を見ることはなんてつまらないんだろう。そう思った。

 だが、長渕が歌ったのは僕の予想を完全に裏切った歌だった。とても優しい歌。メロウで、マイナーで、人間のサイズの歌。マッチョで虚勢を張るようなものとは全く逆の、小さな人間の小さな心をささやくように歌う歌。初期の、まだそんなに有名じゃない頃の長渕剛の姿がそこにあった。ああ、今でもこんな歌を歌うことが出来るのかと驚いた。こんな歌を歌ってくれるのなら、また長渕のファンになっても悪くない。


 そんな風にいろいろなことを考えながら、今回の紅白を楽しむことが出来た。音楽って楽しくて、悲しくて、嬉しいものだなって思うことが出来た。音楽には大きな可能性があるよなと思った。こんな晴れ舞台とは今のところ接点は無いけれども、そういう仕事をしている自分を誇らしく思えた。2012年も頑張っていこう、頑張っていけるよと、そんな気にさせてくれた紅白だった。