Saturday, April 18, 2009

張本さん


 イチローの快挙に騒然とするマスメディア。騒然とする日本と言いたいところだが、WBCの時ほど国民全体が騒然としている感じではないような気がする。まあ、だからといって快挙が損なわれるわけではない。WBCはイチローだけの結果ではないが、3086はイチローだけの結果であり、本来はこちらの方が彼の快挙であり、偉業だといえるだろう。
 
 でも今回のニュースで、もっとも興味深かったのはこれまでの日本最多安打記録保持者だった張本さんだ。昨日イチローに記録を塗り替えられた張本さんは、その前日から球場に足を運んでいた。その模様はテレビなどでも伝えられていた。グラウンドに入ってくるイチローに声をかけ、健康状態を気遣い、さっさと抜いてくれと言った。どういう気持ちなんだろうかと思いながら見ていた。日本一位という記録。それはもう燦然たるものであり、誰がそこに並ぶことがあろうかというくらいの圧倒的な記録だった。僕にはそんな記録も記録への可能性も今のところないから、日本の歴代1位という気分がどのようなものか想像もつかない。想像もつかないほどの輝かしい気分なのだろう。それが、失われるのだ。割り切るのだろうが、割り切れるのか。気分というものは理性で超えられるものではない。それを超えるのが人間というものだが、しかし人間は機械ではなく、だから超えるには相当な思いとか葛藤があるはずだ。大した記録も持つべきプライドもない凡人でもそういう思いの繰り返しなのだから、日本歴代1位の座を奪われる時の葛藤は、第三者が言葉で解説できるようなものではないだろうと思う。
 
 張本さんはコーチに就任することなく現役引退後解説者などをしているが、近年はサンデーモーニングでのスポーツコーナーが活躍を目にする中心だ。大沢親分との「あっぱれ」「喝」解説はとても面白いが、その歯に衣着せぬ物言いが、傲岸不遜にも映ることがある。清原だって張本さんのことは恐いという。番組中はメジャーリーグのことに触れるのさえ時間の無駄というような態度を取る。
 
 だが、張本さんは別に傲岸不遜ではない。それを象徴的に表したのが、新記録達成の試合後、張本さんとイチローの対面のシーン。球場内と思われる部屋で張本さんがイチローの到着を待っていた。イチローが待たせたことは仕方が無い。試合後の着替えや後片付けは当然あるし、記録達成の試合後だから取材なども普通より多かっただろう。それでようやく張本さんの待つ部屋にイチローが現れると、両手を伸ばして「おめでとう、これからも頑張って、体に気をつけて。いいものを見せてくれてありがとう。またよろしく。」と。部屋を出るまでわずかに13秒。普通なら新旧最高記録保持者の対面なのだ。先輩面して30分くらいその場に居座って「これからどうなの、飲みにでもいくか」とか言ったっておかしくない。すぐに日本に戻るとかいう理由もあったかもしれないが、5分くらい会話を交わしたって誰からも非難されることなどないだろうに。きっとイチローが来るまで長い間待っていただろうに。傲岸不遜のコワモテと思われているきらいのある張本さんの、謙虚で礼儀正しい性格がにじみ出たシーンだったと思う。
 
 その張本さんがシアトルの球場で観戦。電光掲示板に日本最高安打記録保持者として名前を紹介されたときの気持ちを「野球の本場の球場で自分のことを紹介されて嬉しい、これもイチローのおかげだ」と語ったという。素直な人だなと思った。メジャー嫌いで知られているようだが、だからといってメジャーやアメリカのことを否定しているのではないのだろう。それとも今回の経験が、張本さんの思いを変えたのだろうか。明日のサンデーモーニングでは確実に突っ込まれることだろう。どんなことを口にするのか、とても楽しみだ。きっと照れ隠しのような、憎まれ口を叩くのだろうと今から想像しているが、そんな微笑ましい憎まれ口を聞ける機会はそうそうないようで、楽しみなのだ。