Wednesday, May 08, 2013

放題文化

 書籍の読み放題サービスがスタートするとか。ついにそこまでという気がする。でも、それでいいのか?

 音楽の世界ではすでに聴き放題サービスはある。昔は有線放送がそういうサービスだった。機械を導入して月額を払えば聴き放題。440チャンネルあるから自分が好きなジャンルの音楽のチャンネルに合わせれば良い。これでもうCDを買う必要はないと、有線は宣伝していた。だが好きなジャンルのチャンネルは選べるけれども、自分が好きな曲を今聴くことは出来ない。だからリクエストすれば良いのだが、リクエストしても流れるまでは時間がかかるし、待って1度聴くだけだ。それではリアルタイムでの聴き放題とは言い難い。

 だが今は本当の聴き放題サービスがある。Spotifyだ(日本では2013年5月時点でまだサービス未提供)。サービス未提供だから使い勝手についてはよく知らないが、聴きたい曲を聴きたい時に聴けるそうだ。我がキラキラレコードの楽曲もいくつか配信をしていて、それはSpotifyにも提供されている。稀に支払い明細があって(日本の楽曲なので、海外で聴かれていることも驚きではある)、明細を見ると0.0078ドルだ。1ドル=100円のレートで0.78円だ。日によって変わるが、0.01円になることは滅多に無い。たくさん聴いてもらえればそれなりの金額になるのかもしれない。Spotifyは2000万ユーザーがいるそうだが、その全員が聴いたとして、20万円にならないという計算だ。それほど聴かれていないミュージシャンにとってはほとんどお金にならない音楽流通だと思う。

 僕はよくバンドマンに言っているのだが、今の時点でサザンやミスチルに総売上で勝てるわけはない。だが特定のリスナーに対して「僕らとサザンのどちらを買いますか?」という問いかけであれば、勝てる場面は出てくる。それを増やしていけば良いだけのことである。だがどこかの誰かが1度聴いて1円にならないというレートであればどれだけ勝たないといけないのだろうか?それなら駅前で投げ銭を期待して歌っていた方が遥かに可能性があるというものだ。

 若いバンドマンだけでなく、かつてのスターも生きていかなければならない。以前は毎日テレビに出ていた人もやがてそれほどの露出は無くなる。そうなるとどうすればいいのか。ファンクラブである。1億人が活動を知らなくても、コアなファンが1万人いてくれて、そこに的確に情報を流すことができ、年に1枚CDを買ってくれて、年に1回ライブに来てくれれば十分に採算は取れる。さらにファンクラブの会費を5000円ほど払ってくれるならスタッフだって数人雇うことが出来る。広く薄くというビジネスではなく、狭く深くというビジネススタイルだ。

 インディーズの無名アーチストも、同様のビジネス展開をしていかなければならない。かつてのようなメジャーで100万枚というビジネスモデルを追求しても、その根幹となるメディアも変化していれば、メジャーレーベルの力も変化してしまっている。自分に出来る中でのファンの囲い込みをどうしていくのか。これこそが日本全体で見れば無名でも音楽で食っていくための鍵なのである。しかし聴き放題というシステムは明らかに広く浅くのビジネスモデルであって、無名のアーチストやかつてのスターが同意出来る種類のシステムではないのだ。

 それでも百歩譲って音楽も書籍も動画コンテンツもすべてリスナーや読者などユーザーのためにあるということだとしよう。それでも、人間には1日24時間しかないのである。いったい何曲聴けるというのだろうか?僕はかつてWOWOWに加入してたことがあって、これで映画を観放題だとワクワクしたことがあるが、結局ほとんど観なかった。数ヶ月見なかったこともあって、あまりにバカバカしくなって契約を辞めてしまった。本読み放題、映画観放題。そんなことで愛読書などは出来ないと思うし、感銘を受ける映画も出来ない、一生聴き続ける自分の名曲も出来ないだろう。

 食事にしても食べ放題のお店はある。だが、食べ放題は食べ放題だ。量であって質ではない。もちろんホテルのレストラン食べ放題のクオリティはそれなりに高い。だが飽食の人たちがこれでもかと競って列を作り料理を皿に盛る姿を見ると、せいぜい数年に1度程度でもう十分だと思う。一生毎日食べ放題のレストランでと言われたら僕は絶望するだろう。飢えないということが満足ではない。満腹ということも満足ではない。

 文化も同様だ。値段があって、それに対する価値があるのかどうかをじっくりと吟味する。その過程そのものが鑑賞なのだ。聴き放題見放題読み放題では、価値に対する評価さえ不可能になる。それでは作者に対する尊敬も生まれないだろうし、そういう文化の消費の仕方をしている人は哀れだとさえ思う。

 だが、時代の流れは確実にそういう方向に向かっていて、その流れに抗う方法さえまったく見えていないというのが正直な心持ちなのが悔しい。

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