Tuesday, February 03, 2009

すごい空の見つけかた


 僕は空が好きだ。最初に空を見上げて良かったなと思った記憶というのは20歳の夏。一人暮らしを始め、風呂なしアパートの住人となった夜は銭湯に行くのが日課。3回に1回は洗濯物を持って併設のコインランドリーにも行く。まだウォークマンも持っていない頃の僕にとって銭湯までの8分間の道程は、景色を眺めるしかすることがなかった。夏の頃、空にはまだらに雲が浮かんでいる。陽も暮れた空は浅い紺色で、そこに浮かぶ雲は輝きを失った黒。昼間なら青空の中に白い雲で、モノクロフィルムで撮影したなら雲が白で空が黒で表現されるだろうが、夜の空はその逆で、雲が黒で空が白に写ってしまうようなコントラストを呈していた。僕はその空をとてもキレイだなあと感じた。なんか新しい発見のような気がして、そういう見方を出来るようになった自分が一段エラくなったような気分だった。
 
 新しい風景を見るというのは、自分の発想が豊かになるということである。目がエラくなったのではなく、心がエラくなるのである。それ以来、もっともっとエラくなりたくて、時折空を見上げてみるようになった。
 
 池袋ジュンク堂でたまたま開いたこの本、「すごい空の見つけかた」は僕らの空との関係を変えてくれる本である。雲にもいろいろな種類があり、そんな雲は一生に何回も見る機会はないだろうと思うような雲がある。雲以外にも空には面白い表情を見せてくれるが、オーロラなんて一生見ない人の方がきっと多いだろうという現象だ。たまたまその機会に巡り会っても、うなだれていては見ることが出来ない。それ以前に、知らなければ見ることが出来ない。
 
 だからその空はとても貴重なのだ。貴重な空をきれいな写真で僕たちに見せてくれる。それだけでも感謝だ。でも、この本の特徴は、見開きの左側で写真を、そして右側で解説を、解説の中で「僕らが生で見るためにはどうすればいいのか」を教えてくれるのだ。もちろんのことだが、僕はその空を見るために努力をしたりはしない。皆既日食が起きる地域まで出かけていってその時だけ「体験したぞ」なんていっているのは粋ではない。品がないと思う。でも、そんなことがあるのだなあ、もしも見られたら素敵だなあと思いながら日々暮らしているのは悪くない。もしかしたらそんな空が今日は見られるかもなと思うだけでワクワクするから。雨雲に覆われる日はもしかしたらこの雲の向こうに絶品の空があったのかもなと想像を巡らすのも悪くない。そういう想いを巡らすためにも最低限の知識をきれいな写真を見ながら身に付けられるなんて、素敵な本だと思った。