Wednesday, March 25, 2009

『アップルの人』 / 宮沢章夫


 Mac好き歴20年を重ねようとする僕にとってはちょっと興味を惹かれ、京都の書店でわざわざ買った一冊。表紙もちょっとオシャレじゃないか。
 
 でも、中身は全然オシャレじゃない。Macな内容でもない。一応MACPOWERというMac雑誌に連載されていたコラムをまとめた本の文庫化(まとめた本は、こんなタイトルではなかったらしい)なので、アップルの人というのがあながち間違いではないのだろうが、あたらずとも遠からずというのはこの本のために、そしてMac好きでこのタイトルの本をついつい買ってしまった人のためにある言葉なのではないだろうか。そう思わされるような本だった。
 
 まあ、安直に言ってしまえばエッセイ集だ。でもこの人のエッセイはMACPOWERには載っても、大手三大新聞などには絶対に載らないだろう。テンポが速い。そしてくだらない。Macに関する話題、たとえばノートブックパソコンとか、iPodとか、ブログとかから派生して、著者宮沢章夫氏の妄想が展開していく。この妄想、とても微妙なのだ。本だから、一応最初から最後まで読みたい気分なのだ。最初は。でも、ページの流れに応じて順に読んでいこうとするととてもストレスが溜まってくる。妄想の速すぎる展開についていけない。と同時に、妄想は所詮妄想だから、要するにくだらない。本を読むという行為はどちらかというと暇つぶしではなく、そのために時間を割いて取り組む行為だと思っているのだ。いや、勉強のための学術書とか参考書とはまったく違って、それほど堅苦しい気持ちでの行為ではないけれども、それでもこの数日をかけてこの本を読もうというのは、ある種の決意を伴う選択なのであって、それこそ床屋とか食堂とか銀行の待ち時間とかに雑誌を読むのとは訳が違う。そう、この人の文章は雑誌向きなのだ。変化球のようなもので、日常の淡々とした生活の中で、ちょっとだけ「ククク」と思いたかったりするにはちょうどいい。だからMACPOWERのような月刊誌にちょっとした分量が載れば、月に1度この文章を楽しみにしている人が沢山いたとしても何の不思議もない。というか、僕もきっと楽しみにするだろう。だが、それをまとめられるとちょっとヘビーなのだ。毎日カツ丼では辛いのだ。いや、20歳の運動部学生なら毎日カツ丼でデザートに豚骨ラーメンでも大丈夫なのかもしれないが。
 
 ウィキペディアによると、宮沢章夫氏は、劇作家、演出家、作家、放送作家であり、岸田國士戯曲賞を受賞しており、芥川賞、三島由紀夫賞の候補にもなったという。劇団も主宰していて、おそらくその劇団のファンという人たちも相当居るのだろう。が、僕はそのどの活動も知らないし、この本でいえばMac好きをタイトルで釣ったということになるわけだから、その視点での判断しかすることが出来ない。そう思ったとき、この人の文章(というか発想)はとても率直で、ひねくれている。勝手に引用すると、
「ブログの女王みたいなものに私はなりたくない。なぜなら、私は男だからだ。だったら私は次のようなものになりたいと考えている。「ブログの大将」」
という文章がある。僕は笑った。図らずも、笑った。ブログの女王には僕もなりたくない。でも、その理由は僕が男だからではない。もちろん、宮沢氏も男だからなりたくないとは考えていないのだろう。でも、書いてしまう。その方が面白いからだ。で、この人のこの表現方法が単なるオヤジギャグやダジャレというものと一線を画しているのは、その速いテンポによるのだろうと思う。こういうくだらない表現がたたみかけるように繰り出される。しかも妄想。こんなだったらいいなというような妄想で、しかもギャグ。普通のオヤジギャグは単発で、聞く者からすると「それが最終の落としどころなの?」と質問してみたくなるくらいにつまらない。だが、ネタとして目からウロコがみたいな話はそうそうない。実際に宮沢氏のネタもありふれているといえばありふれている。しかし、それが連続してくることによって、ひとつひとつのネタについて突っ込んだり考察する余裕が奪われ、なんか幻惑されるような感覚に襲われるのだ。幻惑されるような瞬間は、そう長くは続かない。一瞬だから幻惑であり、連続だったら麻痺である。幻惑は麗しいが、麻痺は辛い。この本が辛い印象に感じられるのはネタの連続性であり、同時にこれが書籍になるような価値を持つのも、ネタの連続性に由来する。

 僕は思うのだが、結局これは100m走のスピードでマラソンを争うようなものなのだ。だから辛いのだ。なので、皆さんにはこれを買って読むことはお奨めするが、決してこの本のために他の本は後回しとか、そんな決意は持たないようにしてもらいたいと思う。そう、これは雑誌なのだ。気分で数章読み飛ばしても大丈夫。そんな心構えで、仕事に疲れた時に気分転換に数ページ読んでみる。そんな感覚がもっともぴったりでばっちりな本なのだと思う。