Saturday, February 18, 2012

雪景色

夜来の雪はきっと積もるだろう、だって日付が変わる頃にはもうすでに積もっていたのだから。

 前の晩すでにそう確信した僕は、この土日に一歩も外出せず身体を休めようという方針をあっさりと捨て、早起きをして雪降る街に早朝から出ていった。お目当ては、雪の金閣寺である。

 京都が好きになっていろいろな本を読み雑誌を眺め他人のブログに目を通し、ここにも行こうあそこにも行きたいそれもあれも食べてみたいと、まあ情報を漁ってはひとつずつ実現していった。見るべきもの行くべきところが沢山ある京都だから、もちろんまだ全部に行けているわけではないが、それでも押さえるべきところは一通り押さえたつもりである。

 だが、一番見たくてしようがないものをまだ見てはいなかった。それが、雪の金閣寺だ。

 金色の建物と雪の白が作るコントラストが何ともいえない。普段は茶褐色の屋根が雪の白に置き換わる。いろいろな人がブログやTwitterで写真をアップしているのを見た。悔しかった。是非見たいなあ。でもこればかりは容易ではない。雪がいつ降るかなんて、わからないのである。

 京都に旅行するとなると宿も押さえなければいけないし、仕事の都合も付けなきゃいけない。そうやってこの日に行くぞという思いで当日の予定も立てる。行こうと思うところへの期待は高まる。それでも、もし雪が積もるほど降るなら、それら予定のすべてを捨ててまで金閣寺に向かう気持ちは常にあった。だが、降らない。降らなければ見られるはずもない。

 だれかがツイートしているのを見て、とにかく羨ましかった。すぐにでも新幹線に飛び乗り雪の金閣寺を見に行きたいと何度思ったことか。でも、そんなことはなかなか出来ない。JR東海の「そうだ、京都行こう」も、そこまでの思いつきのことを言っているのではないのだ。

 でもこの冬は違う。なんといっても、京都に住んでいるのだから。雪さえ積もればいつだっていける。バスに乗ればすぐだ。仕事の合間に行くことだって出来るよ。

 しかし、なかなか降らない。一度降ったが、積もるほどではなかった。マンションの管理人のおじさんに聞いてみると、最近はあまり積もらないそうだ。年に1度か2度という。京都は夏暑く冬寒いと言われているが、今年は夏もそれほどでもなく、冬もそれほどでもないそうだ。ああ、この冬は無理なのかなあ。なかなか手が届かない、夢の光景なんだなあ。

 でも、昨夜から雪。夜のうちに積もってた。行かねば。身体を休めるなんて言っている場合ではない。

 自宅の最寄りからは1時間に1本のバスで行くのが一番早い。夜のうちに時刻表を調べ、8時53分のバスに乗るために40分に家を出る。停留所までは5分かからないのだが、それ53分に乗り遅れたくないじゃないか。そんなに早く出たにもかかわらず気が急いて、結局10分も雪降る中を待つことに。

 そんなこんなで、ようやく千本今出川に到着。そこからは700メートルで金閣寺だ。入り口には結構人がいる。気持ちがどんどんワクワクしてくる。チケットを買って、細い路地のような部分をとおり、角を曲がると、そこに雪の金閣寺があった。



 ああ、これだ。これが見たかったのだ。池を挟んで金閣の正面の岸に多くの人がいた。みんなカメラで撮影をしている。僕も負けじと撮影する。僕のカメラはiPhoneだ。バシバシ撮る。一通り撮り終えて、自分の眼でもしっかりと見る。綺麗だ。

 家を出る時、まだ雪は舞っていた。だから雪の金閣寺といっても、鼠色の空を背景にした金閣だと思っていた。でも、着いた時には青空が広がっていた。まさにベスト。嬉しいなあ、嬉しいなあ。


 でも、なんかちょっと思ってたのとは違うぞと感じたのだった。それはなぜか。写真を見てもらえば判るとおり、金閣寺の正面からの写真というのは、池を挟んでいる遠景になるため、そこに人が写っていないのが通例である。写真から受ける印象は、だからとても閑静な光景なのだ。しかし、実際そこに行ってみるとすごい人だ。一心不乱に写真を撮っている。いいポジションで撮影したいから押すな押すなの混乱状態になっている。



 この喧噪が、持っていた雪の金閣寺のイメージとはちょっとばかりズレていたのだ。勝手に「しんしんと降る雪が積もる金閣寺に一人、静かにものを思う」ようなイメージを描いていたのだ。まあ、そんなことはないよな。世界でも有数の観光地京都の、中でも横綱級の注目スポット金閣寺だ。そこに雪が降っているとなっては、一人で佇んだりできるわけもないじゃないのだ。それでも勝手に静かな世界を思い込んでいた。バカだなオレ。

 いつも混んでいる清水寺でも、早朝6時の開門時に訪れたらほぼ独り占めすることが出来る。龍安寺の石庭でも、8時の開門時なら5分くらいは独占だ。もしかしたら雪の金閣寺も平日の開門9時ならもっと静寂な雰囲気を味わえるかもしれない。欲深いなオレ。そんなことを思っているうちは、雰囲気が静寂であっても、それに相応しいオレではないのだろうな。

 その後撮った写真をfacebookにアップしたら、それを見た大阪の青年が「これから行きます!」と行って出発したらしい。結局彼が着いたのは4時くらいだったらしく、その頃には金閣を覆っていた雪はほとんど溶け落ちてしまっていた。それくらい見るのが難しい光景だったのだろう。僕のfacebookには50人以上の「いいね」が。世界中の人たちが羨ましがっていた。そうだな、自分の眼で見られただけで幸せ者だ。その幸せを、現地で感じるよりも、facebookのいいねとコメントを見て、強く感じた。ダメだな、オレのこの感受性。精進せねばと思うよ。

Wednesday, February 15, 2012

迷いネコ

職場のビルの窓を開けると、そこは隣りの家の瓦屋根だ。

 その屋根に、ネコが来る。毎日来る。今来ている三毛のネコは2代目だ。昨年5月に引越してきて、まだ雑然と荷物が段ボールで置かれていた頃。初夏なので暑く、空気の入れ替えのためにも窓を開けていた。その窓から首を突っ込んで中をのぞいていた、そんな初代のネコを発見した。そもそもそんなに動物好きではない僕の最初の反応は、とにかくビックリしたというものだった。思わず「わっ、ネコ!あっち行け」と叫んだ。荷物の整理を手伝いにきていた奥さんはなんだなんだと寄ってきて、窓の外で目を丸くしているネコを見た。まあ可愛いと。でも僕はそんなに動物好きではないし、中に入ってきてフンでもされたら困るし、それにここは職場なのだ。賃貸物件でネコを自由に出入りさせているとなったら、退去させられかねないじゃないか。

 だからその窓は以来風通しのために開けられることはなくなった。でも、その窓にネコが毎日やってくる。そして会社の中をじろじろ見ている。こちらからすればヤツはノラ猫だが、ネコからすれば僕らは自分のテリトリーにやってきた新参者だろう。僕らが動物園でオリの中を覗き込むように、ネコはオリの中で活動している人間とやらを観察しているのかもしれない。ヒマだし、なんか珍しいし、ひとつ覗いてみてやるかという具合に。

 初代の屋根ネコは銀色の毛に黒の縞がある、目が青いネコ。これが最初に撮った写真。日付は5月18日だ。

 こいつはすごく気が強い。ガラス越しに指を向けるとすかさずネコパンチで攻撃してくる。ガラスが割れるんじゃないかとビビるくらい。一度奥さんがエサを直接あげようとして、直径3cmほどのお魚せんべいを手にしてネコに伸ばしたことがある。実家で飼っている犬にビーフジャーキー的なエサをあげるときの感覚だった。が、このネコは獲物を襲うような素振りで、右手を一気に伸ばしてシャー!っとやった。奥さんは驚いて素早く手を引いたからよかったものの、ちょっとでも遅れていたらネコ爪の餌食だっただろう。野生ネコと飼い犬との違いを思い知った。

 やがて、別のネコが登場するようになる。白黒のネコだ。6月10日に撮ったこれが最初の写真。

 僕は屋根ネコと区別するために、別ネコとか白黒ネコと呼んだ。こいつはなかなかつかみどころがないネコで、毎日ではなく1週間に1度程度来るだけだ。それでも存在感はすごくて、なんか癒される感じがまったくなかった。その時に、ああ、僕は屋根ネコを好きになっているんだなあと感じたのだった。屋根ネコというのは、もはや名前だった。ここに来るのはこの屋根ネコだけでいい。他のネコまでたくさん集まるようになったら困るとも思った。

 そうこうしているうちに、別のネコが現れた。三毛のネコ。8月1日の写真がこれ。

 これが今窓際にきてくれているネコだ。まだ小さかったんだなあ。当時僕はこいつをちびネコと呼んだ。だって小さいんだもの。屋根ネコが窓際にデデーンと鎮座している横から隙をみて窓際に寄ってくるちびネコ。それでもまだ僕にとっては他のネコでしかなかった。出来ることなら屋根ネコだけにエサあげたい。他のネコに等しくあげようなんて、まったく思っていなかった。

 しかし、突然別れが訪れる。屋根ネコが姿を見せなくなったのだ。これが最後の写真。8月11日のこと。

 毎日のように来てたものが来なくなるって、こういうことなんだと思った。寂しいな。他に行ってしまっただけなのか、それともどこかで死んじゃったのか。それさえわからず、ただ、ここに来なくなった。だから、ここにまたふらりとやってきてくれることを毎日待った。でも、そんなことはなかったのだ。

 近くの神社によくネコが集まるという。そこに行ってみた。するとよく似た柄の赤ちゃんネコが2匹いた。もしかするとこれは屋根ネコの子供ではないか、赤ちゃんがここにいるから、屋根ネコも屋根に来たりするヒマがなくなったんではないか。そう思うと、来なくなった理由も納得出来る。もちろん屋根ネコはそこにはいないし、だから赤ちゃんネコたちが屋根ネコの子供という確信もない。ただ、オドオドしながら建物の間に逃げて行く赤ちゃんネコの後ろ姿を見送るしかなかったのだ。

 それからしばらく、会社はずいぶん静かだった。屋根ネコどころか、白黒ネコもちびネコも来なくなっていたからだ。

 それでも毎日、この窓のブラインドを開けていた。いつかまた来てくれるんじゃないかって思って。そうしたら、現れた。ちびネコだ。9月15日のこと。

 1ヶ月以上もどこにいっていたのだろう。それでも、ちびネコはここに再び来てくれた。よほど嬉しかったのだろう、僕はその日ネコの写真を137枚も撮っている。あまりの連写に、パラパラ動画が出来るんじゃないかというほどだ。

 以来、三毛のちびネコは毎日のように窓にやってくる。何が面白いのか、日がな一日ずっといることもある。中を覗いたり、居眠りしたりしながらだ。僕が窓の近くに行くとニャアニャア鳴く。窓を開けても1mほど遠くに逃げて、こちらを眺めるばかりだ。窓を閉めるとまた窓際にやってきて居眠りしてる。

 それからもう5ヶ月が過ぎようとしている。まるで飼い猫のようにこいつは会社の一部だが、それでもやはりノラ猫なのだ。プイといつ来なくなるかもわからない。そのことは屋根ネコのことで理解しているつもりだ。当時僕は屋根ネコと呼びながら、それを単なる屋根のネコという意味ではなく、固有の名前のように思って呼んでいた。だからその後にどんなネコが来ても、それは屋根ネコであって屋根ネコではない。今来てくれている三毛ネコのことは「ネコちゃん」と呼んでいる。これは、名前ではない。名前をつけて呼ぶようになると、もしいなくなった時に、きっと悲しい思いをすると思うから。

 
 こうして僕はネコとの日々を送っている。ネコはどうしてここに来るのだろうか。そんなことを毎日考えたりしている。ノラ猫は、英語でいうとストレイキャットだ。 stray cat 。直訳すると迷いネコ、さまよいネコ。日本では外で生活しているネコということで野良猫なのだが、英語圏の人にとって野良猫はさまよっているネコということなのだろう。そうだな、その方が正しいかもしれないなと、僕は最近思う。

 ネコにはネコの世界があって、たまたまこの屋根という場所を発見したのだ。そしてこの屋根の上で中を眺めながら過ごすという日々をネコちゃんは過ごしている。それに飽きたらまた別のところへ行くだろう。人間も同じような気がする。好きなことをし、好きなものを食べ、好きな場所で好きな人と暮らす。自由な生き方をすればそれだけ苦労もあるだろうが、僕はそういうのが好きだ。野良猫が自由にさまようといったって、京都の屋根で暮らしているネコがニューヨークやパリに行けないように、僕らの自由な暮らしだって、出来ることの範囲はそれなりに決まっている。破天荒なストーリーのような人生などには決してならない。それでも、ネコが窓にやってくるように、僕は自分の意思で毎日を過ごしているし、それでいいと思っている。

 もしも生まれ変わることがあって、その時ネコになるのだとしたら、僕は誰かに飼われるネコじゃなく、雨露をしのぐのもひと苦労な野良猫になりたい。たとえ野良猫の寿命が飼い猫よりもかなり短いとしても、好きな時に好きなところへ行けるノラになりたい。その方がいいって、今は思う。本当はそんなに遠くに行けないのだとしてもだ。